
1つパトロンと天才芸術家の関係をとっても、結構いろんなタイプがあるもんですね。
その中でも「これはなかなか対照的だな」と思った組み合わせが2つ。
そのうち1方がこちら、
イギリスの新進海運商フレデリック・リチャーズ・レイランド
と、
ヴィクトリア朝耽美派のピカレスクジェームズ・マクニール・ホイッスラー
です。
そんな彼らの彼らによる彼らのためにとことんヒートアップしたのがピーコックルーム(孔雀の間)。
いつ何がどのように爆発してしまったのか。
ホイッスラーの破天荒な生い立ちから順を追って見ていきましょう。

ジェームズ・マクニール・ホイッスラー
もう一方の松澤孫八と鈴木其一と比べてみると、文化やキャラ、味わい、の違いが結構際立っておもしろいです。
(松澤孫八と鈴木其一の記事はこちら)
(↑こちらをBGMでお楽しみください。引用YOU TUBE)
”耽美の渡り鳥”ホイッスラーが羽ばたくまで
ジェームズ・マクニール・ホイッスラー(1834~1903)。
19世紀のヨーロッパ美術を代表する芸術家です。
私はホイッスラーを初めて知って、もう途端に魅せられました。
印象派的なタッチながら、そこにまぎれもなくあるのはまさに“耽美”。
「なんでこんなものが描けるのか?」
といえば、やはりそこには時代ならではの、そして彼ならではの気性が、生い立ちが大きく作用しております。
ホイッスラーは幼いころから世界中を転々
この人、ジェームズ・マクニール・ホイッスラーはもともとはアメリカ東海岸生まれです。
お父さんが軍人、兼、優秀な建築技師であったことため、世界中から鉄道敷設工事の依頼を受け、ホイッスラー一家はそれとともにロシア、イギリスと転々。
ホイッスラー、名門ウェストポイントの学生に

やがて、これもやはりお父さんの経歴からか、ホイッスラーもアメリカ屈指の陸軍士官学校の名門ニューヨーク郊外にあるウェストポイントに入学いたします。
すでにホイッスラーの気性を知っている人間からすると、「よりにもよってなぜこのキャラがここに」。
まあ、“だからこそ”あのホイッスラーが出来上がったのでしょうが。
ちなみに、一般的に欧米に比べて序列重視社会といわれる日本。
しかし、今日日の日本でこれほど厳重な管理組織というのはどれほど残っているのでしょう。
まず、ウェストポイントの入学生は上級生や上官に対して、しゃべっていい言葉が4つしかありません。
「はい」
「いいえ」
「わかりません」
「申し訳ございません」
以上です。
普段の服装からかなり厳格に定められており、服従は絶対です。
たとえば、靴なんかはいつもすっかりきれいに手入れが行き届いていることが義務です。
ほか身につけるもの手回り品みんなそんな感じです。
シャツのギッグラインがズボンの前立てときっちり平行でないともうOut!です。
優しい上級生たちはいつ何時、寮の部屋の扉をたたき、チェックを入れるかわかりません。
もし部屋内の人間の1人でも、「不手際」と認められれば、“連帯責任”という“当然の報い”が待っております。
時間は秒単位で厳守。
一秒でも遅れれば、
「分読み」
の任務が待っております。
お決まりの時計の下に直立し、
「夕食の配置まであと5分です。制服はウンヌン。もう一度言います。夕食の……」
などと1分ごとにカウントダウンで号令をかけるのです。
さらには
「日読み」
というのもあります。
これはその日の担当将校の名前やら、その日行われる重要な校内スポーツやイベントや映画の紹介。
そして、行く先々の重要行事(例えば卒業式)のもろもろまであと○○日、あと△△日、あと◇◇日、というのを滔々と唱え立てるのです。
当然立っている間は
「“正統な”気を付け」
以外ありません。
かゆくても、痛くても、寸分も揺るがすことなくひたすら我慢です。
また、優しい上官・上級生たちは突如として
「ラスク貯水池の水は何ガロンか」
などというきっとどこに行っても役に立つ、すばらしく核心を突いた質問を平然と投げかけてくれます。
当然、答えられなければ、どんな素晴らしいご褒美が待っているかしれません。
「カラムホールの電灯の数はいくつか」
もしかりです。
卒業生は非常に優秀です。
彼らは軍隊のみならず、様々な方面にアメリカのエリートとして就職し、活躍し、アメリカを今も昔も支え続けております。
有名なOBは、
●南北戦争の英雄ロバート・リー将軍
●ダグラス・マッカーサー
●アイゼンハワー大統領
など。
さて、ホイッスラーです。
ホイッスラーはそれでも2年間は無事進級を果たしております。
ただ、「やっぱり」というか、こういうエピソードが既にあります。
上官からの
「シリコンは常温では、いかな状態にある」
という質問。
これにホイッスラーは
「気体であります」
との回答。
ホイッスラーのキャラを知ると、「らしいな」と思うでしょう。
で、結局中退してゆくのですね。
ホイッスラー「お父様。私は設計士になります」

そうして、ホイッスラーはワシントンD.C.のある設計事務所に「設計士見習い」として就職する(※)のですが、1年ほどでデッサンの技だけきっちりマスターすると、大西洋を渡って美術修行の旅に出ます。
(※)厳しいお父さんと、そういう約束でも交わしたのでしょうか。
さあ、渡り鳥はもう帰っては来ませんよ!
ホイッスラーの真骨頂!耽美の極み”ピーコックルーム”
ホイッスラー「美術は洗練された音楽のように美しくなければならない」
ホイッスラーはパリでリアリズムの巨匠シャルル・グレールのアトリエに通い始めます。
一方では、当時の革新的な画家ギュスターヴ・クールベの影響を強く受けていたようです。
そうして、パリとロンドンの間を往復(※)。
(※)ホイッスラーは時に、南米大陸へも旅立っております。
ホイッスラーのすごいところはそんな当時の最先端にあこがれ、吸収しながらも、さらなる先を自分なりに開拓してゆきます。
「シンフォニー」
(引用instagram「白のシンフォニー-第1番-白の少女」当時の恋人ジョアンナをモデルにしております。ホイッスラーは愛し方もどこか耽美です)
「ノクターン」
(引用instagram「青と金のノクターン-オールド・バターシー・ブリッジ」)
など、ホイッスラーは自身の作品に音楽用語にちなんでつけ、その独特のノスタルジーを誘うタッチと、さりげなくも際立つ鮮やかな色の対比。
ホイッスラー「レイランド氏よ。偉大なるジェキル先輩の仕事を私に引き継がせてください!」
そうしてる間にいつしれず知り合いとなり、その作業所となる別荘に出入りするようになったその主こそ一代で成り上がった大海運商フレデリック・リチャーズ・レイランドです。
この人はロンドンのケンジントンに新たな屋敷を購入し、そこに当時気鋭であった芸術家たちを集め、競わせるようにして”美の粋”の空間を作り上げておりました。
ホイッスラーはその時、屋敷の玄関を担当しておりました。
ただ、“食堂”を担当していた年配のトーマス・ジェキルが病気のため、作業続行が不可能となります。
そもそも”食堂”の暖炉の上に据え付けられる予定だったのが、
「陶磁の国の姫君」
というホイッスラーの絵画作品です。
長い黒髪をした一人の若い西洋美人をモデルとして、彼女に日本の着物を羽織らせ、東洋的な襖や絨毯の趣向を凝らした部屋に立たせました。
これをレイランドに気に入られ、購入されることとなったのですが、ホイッスラーはここでジェキルの後継を申し出ます。
「金革の壁の赤い装飾が『陶磁の国の姫君』の色彩を打ち消している」
として、この皮に
「黄色を塗ろう」
とレイランドに提案いたします。
これが受け入れられることとなるのですが……
ホイッスラー「レイランド氏よ。お喜びを!“降りて”きました!」
ホイッスラーの”天才”たるゆえんはここからです。
レイランドはホイッスラーに任せたきり、屋敷を後にし、あとはホイッスラーの独壇場です。
よほど”何か”が降りてきたのでしょう。
まあ、予算を勝手に使い放題、好き放題に部屋中を大改造!
高価な人造金箔、孔雀を模した青や緑の青海波紋様。
惜しげもなく塗って塗りたくり、とことんまで意匠に意匠を重ねた超一品!
(引用instagram)
(引用instagram)
余りにつたなくてみっともないですが、一応私の小説から抜粋の一節もここに付載いたします。
インドの大密林にひっそりと浮かび上がる自然の神秘。頼もしい二足はしっかと大地を掴まえ、大望の両翼は外気を蓋い、王威なる尾羽は愈々天高く華麗に舞い上がらん。威風堂々たるその有り様にもう一羽は肩を窄め、自慢の尾は土へと垂れさがっている。人は言うだろう。この雄々しいのが出資者(パトロン)、惨めなのがその使用人たる芸術家。だが真の答えは分かるやつには分かる。物質的にならいざ知らず、真に神に与えられたこの空を羽ばたいているのは誰なのか。やがて世界が、歴史が畏怖する。
よほどその出来に自信に満ち溢れていたホイッスラーはそこに無断で新聞記者らを呼び寄せて披露。
後でレイランドがやってきた時にはびっくり!!
レイランド「お前はクビだ」
なんじゃこりゃ!
つうか、もとの意匠はいったいどこへ?
そりゃ確かに美しいけど。
そりゃ確かに美しいけど。
どんだけ金を勝手に使い込んだと思ってるんだ!
つうか、もう我慢ならねえぞ!
お前みたいなもんクビだ!
ジェキルは何を思ったか……
さらに、老ジェキルです。
ジェキルはこの最後の遺作になるはずだった完成作を見て、まもなく息を引き取ることに。
ジェキルがどう思ったかは不明です。
ただ、もうかつての自作の面影なんて微塵くらいしか見えません。
まあ、でもそれがホイッスラーなりの先輩への一種のリスペクト表現だったのかもしれません。
ホイッスラー、批評家ともめて破産する
(引用instagram)
のちに
『黒と金色のノクターン』
の闇にちりばめられた金色の火花を、著名な批評家に
「まるで絵具壺をぶちまけたようだ」
とケチをつけられ、
「いいや、それは違う」
とムキになったホイッスラーは泥沼の法廷闘争に突入。
裁判では勝ったものの、そこで財産を使い果たし、破産してしまいます。
ホイッスラーは“見えるもの”に対してはわき目もふらずすべてをかなぐり捨てて
“突き進む”。
天才の天才たるゆえんというところなのかもしれません。