わが祖父が語った“ピンチの時の対処法3箇条”

思想・処世術
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うちの祖父はわりと貧しい生まれで、青年期に父母を亡くし、早いうちから軍に応召され、中国戦線に計2回、延べ6~8年ぐらい従軍しております。

絶望的な戦場には何度も遭遇。

鉄砲の玉が当たって死にかけたり、手先が器用だったから地雷処理を専属的にやらされたり。

それでも何とか生き残り、帰国した、と思っても、職やお金で苦労は次から次へと絶えません。

ただ、リタイヤ後の後半生はわりと穏やかに暮らし、100歳近くまで天寿を全う。

そんな祖父が語っていた“ピンチの時の対処法3箇条”を備忘録的にここに記します。

祖父が語った“ピンチの時の対処法3箇条”

①焦ったらカスをつかむ

Don’t bite with straw!

日本に帰国してから、家族を養うためにある仕事に就いたのですが、とんでもなく合わなかったようです。

結局、祖父はこの仕事をすぐに辞めることになってしまいました。

人間苦境に陥ると、冷静さを失い、かえって損害を増やしてしまいがちです。

勝海舟も言っておりますが、上手くいかない時ほど肝をより据えてじっくりとりかかった方がよいようです。

(激動期に大業をなした勝海舟の名言録はこちら

②なるようになる

Take it easy!

先述通り、うちの祖父は人生の波乱に割とよく遭遇しております。

特に幼いうちに母親に先だたれた時は「母ちゃんの葬式どうしよう」と途方に暮れたようです。

それでも、「まあ、とりあえず」と葬式だけはあげることとしました。

戦線から帰国後は裸一貫。

子供はだんだん殖えていきますが、職に安定していないところがあり、苦労は尽きなかったよう。

でも、結局はいつも「なるようになった」模様です。

③なにくそ!

I won’t lose.

うちの祖父も私と同じで「人付き合いはとても苦手」です。

繊細な上に素直でかんしゃく持ち。

大工を引退してからはそれまでがよほどつらかったのでしょう。

40年ほど、他人を極力避けるよう引きこもり同然に暮らしておりました。

こんな気質ですから、職場で大変な孤立に苛まれることもあったようです。

たとえば、なぜなのかは知りませんが、“だれか”を怒らせ、

「お前を仕事できないようにさせてやる」

と、わりと広いエリア一帯の大工業界全体から“村八分”にされたことがありました。

その時、心の糧にしたらしいのが「なにくそ!」。

「具体的にどうやって打開したのか」まではわかりませんが、とにもかくにも、うちの祖父は後にUAEへの出張や、市から城のミニチュア製造依頼が来るほどまでに大工では達者になりました。

圧倒的に苦しい状況にあってなお、絶対に負けられないなら、まさに「絶対必勝」の念で道を通じましょう。

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