眉輪王の変~骨肉相食む古墳時代の激闘~

歴史
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私は古代・中世の神話・説話集などと言ったものに非常に惹かれます。

人間本来のありのままを実に純朴に雄渾に謳い上げております。

そんな中でも『古事記』。

天岩戸、天孫降臨、大国主命、日本武尊、についてはよく知られているのですが、いやはやそこに秘められた滋味はまだまだです。

私はこの話に一目惚れしてしまいました。

『眉輪王の変』です。

人間の弱さと美しさがあまりにふんだんに込められております。

では、その詳細について見てゆきましょう。

骨肉相食む古墳時代

まず押さえておかなければならないのが当時の時代考証です。

いわゆる古墳時代

応神天皇は九州から畿内に入る際、異母兄弟たちを討ち果たしたと言います。

また、その崩御の後、異母弟という菟道稚郎子(うじのわきのいらつこ)を討ち滅ぼして大王位に就いたのが仁徳天皇

仁徳の死後、彼の息子である履中反正允恭と上から兄弟相続がなされますが、允恭帝の崩御で皇室の跡目相続争いがまたにわかにさわがしくなります。

允恭帝の長男は木梨軽皇子(きなしのかるのみこ)。

本来なら允恭帝後継の最有力です。

が、突如この皇子にスキャンダルが持ち上がります。

木梨が実妹軽大娘皇女(かるのおおいらつめ)と情を通じ合っていたというのです。

「この時代と言えば大王家の近親相姦とは当たり前ではないか」

と思うかもしれません。

が、実の兄妹となると話は別です。

『記紀』では、この後、木梨が挙兵。

しかし、そのスキャンダルが大きく影を落としたのでしょうか、

木梨はこの兵争に敗れてしまいます。

その後、木梨ははるか伊予の国に流され、それを追ってきた愛すべき妹とともに当地にてともにあい刺し、息絶えたといわれます(諸説あります)。

そして立ったのが安康帝

木梨の実弟という穴穂命(あなほのみこと)です。

眉輪王乱心!

この穴穂の家で育てられていたのが眉輪王(まゆわのきみ)です。

眉輪王は目弱とも記され、目になんらかの障害を負っていたのではとも言われております。

眉輪王にとって穴穂は実父。

と思っていたのかもしれません。

しかしある時、幼い眉輪王は宮内で”かくれんぼ”にでも打ち興じていたのでしょうか。

楼(たかどの)の下にいると、上から何やらひそかに父と母のささめごとが聞こえてまいります。

その時眉輪王は愕然とこう覚りました。

父は実父にあらず。

本当の父は大草香皇子(おおくさかのみこ)。

大草香は仁徳天皇の数多い皇子の一人ですが、穴穂によって殺害されました。

そして、大草香の妻が中蒂姫(なかたらしひめ)。

穴穂は彼女を実の妻としてむかい入れ、眉輪王を育てていたというのです。

眉輪王はよほどこみ上げるものがあったのか、一人楼に上がり、穴穂らの寝室に入ってそこにあった剣をつかみ、穴穂の寝首を掻いてしまいました。

その時、閨をともにしていた中蒂姫はどういう思いでこの突然の成り行きを見届けたのでしょうか。

眉輪は宮を出てゆき、当時人臣位を極めていた葛城圓大臣(かつらぎつぶらのおおみ)の元へと走ります。

壮絶!皇族たちの跡目相続争いのなれの果て

葛城氏の祖は葛城襲津彦(かつらぎそつひこ)といわれます。

神功皇后によく仕えた武内宿祢(たけちのすくね)の子とされ、仁徳天皇以来大王家と外戚関係にあり続け、長らく大臣(おおみ)の位を一族で独占し続けました。

これに対し、皇族代表として眉輪打倒の旗頭となったのが大長谷皇子(おおはつせのみこ)です。

大長谷は実兄穴穂の横死を知ると、ただちにその弟たちを手にかけます。

八釣白彦皇子(やつりのしろひこのみこ)、

坂合黒彦皇子(さかいのくろひこのみこ)、

『古事記』では、

眉輪打倒に消極的だったから、というのが動機となっております。

そうして、圓の邸宅を囲みますが、圓は

「やんごとなき人が奴(やっこ)をたよりにしていらっしゃる」

として、眉輪の受け渡しを拒否。

結果として大長谷の兵によって攻められ、圓も眉輪もそこで討たれてしまいます。

こうして大長谷は雄略天皇として新たに立ちますが、その後の皇統の内紛はあいも変わらず代替わりごとに再燃。

聖徳太子ぐらいの時代になると、大王家のかつての栄光の面影もなく(大長谷の血統などですら瞬く間に断絶しております。それどころか仁徳天皇の血統が断絶し、わざわざ越の国から応神天皇5代の子孫継体天皇を招き入れるという超大技にうったえることになります)、平群(へぐり)や蘇我や物部という豪族衆らがのっぴきならない勢力として世にのさばる、というありさまになるのです。

まあそれにしても跡継ぎのルールをちゃんと作っていないと、本当に大変なことになっちゃうのですね。

それと、“権力は虎”によくたとえられますが、本当に乗れば騎虎なれども、降りるに難いのっぴきならないものなんですね。

【小説】眉輪王と葛城圓大臣

私の中編小説から抜粋です。

まだ、“何も知らず”平穏無事だったころの眉輪王と葛城圓大臣のセッションです。

なお、本題は違います。

本編

この頃、傷ついた雲雀の雛を誰がしかが拾って来て、圓が自邸の鳥籠で養っていた。眉輪はその雛に惹かれて圓の自邸によく立ち入っては世話し、可愛がっていた。

 しかし、ある時、圓がいつになくしんみりとした面持ちで宮にいる眉輪を訪ねて来たので、眉輪が、

「どうしたのか」

 と、尋ねてみると、圓が重たい口調でこう呟くのだった。

「今朝方、雛が死にました」

 眉輪は事態が完全には呑み込めなかったが、圓があまりにも沈痛な様子をしていたので、

(ああ。かなり悪いことが起きたのだな)

 と、容易に想像がついた。

「死んだ。死んだとはどういったことか」

「死んだのです。黄泉の国に旅立ったのです」

「もう会えないのか?」

 圓はしばし黙りこくった後、

「来てください」

 と、静かに呟いた。

 眉輪は訳も分からずただ涙が込み上げてきた。そして、泣きじゃくった。圓は対処に困り、

「ご無理は言いません」

 と言ったが、眉輪は堪らなく自分がその場に行かなければならない、という不思議な使命感に駆られ、

「私も行く」

 と言って、圓の裾を強く握りしめていた。

 眉輪は圓と連れだって圓の屋敷に赴き、屋敷が近付くと、眉輪は自然と駆け出していた。

 そして、門を過ぎ、屋敷内の鳥籠へ一目散に駆けこむと、鳥籠の中の雛は翼を広げたままぐったりと横たわっていた。眠っているのではないことはすぐに分かった。眉輪は堪らず鳥籠を開け、雛を拾い上げようとすると、その感触があまりに無機質で冷たかった。眉輪は恐怖のあまり出そうとした腕を一瞬竦めた。と、たちまち眉輪の心情が今までかつて味わったことのないほどの深い悲しみに満たされていることを知った。

 眉輪の両頬には知れず涙が伝っていた。眉輪はそれにすら気づくことができなかった。

「なぜ。一体なぜ」

 眉輪は堪らず叫ぶと、圓は佇立したまま、

「急な病だったようです。もっと早く王(きみ)様にお伝えすれば良かったのですが」

 と、低い語調で呟いた。

「薬はやったのか。餌は柔らかくよく喉に通るものを与えたのか」

「はい」

 圓はただ力なく返事を返すことしかできなかった。

「医者には診せたのか。大和で一番の医者に」

「王様。残念ながらそれは無理ですじゃ。かのものは鳥。医者は人畜のみを診るもの。致し方ようがございません」

「なぜじゃ。病に鳥と人畜の違いなどあろうものか。もうじいの言うことなんか聞きとうない。厭じゃ」

 眉輪は堪らず駈け出し、圓の自邸を出ていくと、あてどなく疾走した。そして、やがて息が切れるとその場に座り込み、人知れず泣き腫らした。

ほんの数日前まで陽気にぴいぴいと囀っていた雛がかくもあっけなく、そして突如としてその媚態、躍動、感情の一切を放棄してしまった。そして、彼はもう二度とは動きそうにもなかった。是が非にでも救いたい命を前にして自分は何ほどの力も差し伸べることができなかった。さらに、自分の中では神ほどに信頼をし、あまたの人々から崇め奉られているあのじいですらも死の前にはまったくの無力だった。眉輪は死の持つ絶対的不可避な力の大きさを痛感せずにはいられなかった。

そして、その死というものがやがて眉輪本人、あるいは愛する圓をも呑み込むのではないかという考えに至った。そうすればどうしよう、と思った。眉輪はぞっとした。自分までもがあの雲雀の雛同様無機質な『物』としか言い切れない無様な姿になり果ててしまうのは嫌だと思った。そして、圓を襲った場合はどうであろうと思った。絶対にあってはならないと思った。圓が圓でなくなってしまうようだった。取り残される自分を想像するにつけ、心にぽっかりと穴があいたような寂しさと哀しさで押しつぶされそうだった。あるいは、穴穂が、母が……。眉輪は胸の中で想像が膨らみやがて一つの結論に行きあたった。それは、死というものから逃避できる何らかの方策を見つけ出さねばならない、ということだった。眉輪にとってこの方策を知りうる、あるいは考案できうる人物で最たる妥当な者は一人しか思い浮かばなかった。無論、圓であった。

眉輪は気が重かったが、圓に詫びを入れ、彼の博識に縋ろうと思った。すると、眉輪の脚はひとりでに歩き出し、眉輪は再び圓の屋敷の門をくぐっているのだった。

「王様。よくぞご無事で」

 圓は泣きそうな顔をしていた。

「わたくしが至らぬばかりにかような……」

「もういいよ」

 眉輪はぶっきらぼうに返事をした。そして、少し黙りこむと、

「済まなかった」

 と、囁くように言った。

 圓は一瞬呆気にとられているようだったが、

「何を申されますか。落ち度は我にあります」

「済まなかった」

 眉輪は不機嫌そうな声でひときわ大きく言い捨てた。

「では……」

「もういいよ。私が悪かったんだ」

「畏れ入ります」

 圓は床に這いつくばって、頭を垂れようとした。が、

「もういいったら。それよりじいと話したいことがあるのじゃ……」

「は。それならなんなりと」

「二人だけで話がしたい」

「は。皆の者下がっていなさい。良いと言うまで入ってはならんぞ」

 家人たちは慌てふためきながら蜘蛛の子を散らすように姿を消した。

「王様。で、お話というのは」

「じい」

 眉輪はか細い声を絞り出した。そして、

「死ぬのは厭じゃ」

 眉輪は言葉を濡らして圓の懐に潜り込んだ。

「大丈夫です。大丈夫です」

 圓は眉輪を抱きしめ、うわごとのように呟くのだった。

「雛が可愛そうじゃ。私はああはなりとうはない」

「大丈夫です。大丈夫です」

「じいもああなるのか。父上も母上も」

 ……。ふと、圓と眉輪の瞳があった。すると、圓は確りと首を縦に振った。

「怖いよ」

 眉輪にとっては絶望的な審判だった。もうただ圓の衣を小さな拳で握りしめ厚い胸板によっかかって泣き喚くほか思いつかなかった。ただ、圓は淡々と語った。

「王様。生あるものはやがて死にます。これはいかなものであろうと避けようがございません。人も獣も家畜も鳥も魚も虫も草も木も花も例外に留まることはできません。ただ、わたくしたちには役目があるのです。いいですか。王様。よく聞いてください」

 眉輪はいつの間にか泣き散らすのをやめていた。まだ頬は濡れていたし、体は小刻みに震えていたが、自然と圓の言うことに耳を傾けていた。

「我ら生あるもの、残されしものらは、逝ったものが真に尊いと思うなら、あるいは愛しいと思うなら彼らに最善の礼儀を尽くしてやってください。さすれば彼らは必ず黄泉の国で我らにほほ笑んでくれるでしょう。そして、きっと変わらぬ愛を授けてくれるでしょう。彼らは皆生きているのです。黄泉の国で。そしてここで」

 圓は眉輪の胸にふと掌を差し伸べた。眉輪の心臓はとくとくと早い鼓動を鳴らしていた。圓の掌は一瞬ぞっとするほど冷たかったが、なぜか安堵感を誘う不思議な力を秘めていた。

「会いたい時は念じなさい。そうすればいつでも会えるのです」

 眉輪の心は仄かに暖かくなった。

(そうだ。心の中でいつでも会いたいと強く願えばその人はあるいはそれはいつでも心の中に姿を現わしてくれるではないか。そして、在りし日の姿でそのまま私を迎えてくれる)

 そう思うと、眉輪はふと勇気が湧いてきた。死と抗う、そして死に打ち克つ唯一の方法に思われた。

「今からあの雛を送りに向かいましょう。愛情と尊崇の念を以て」

 眉輪は圓の顔を見上げると、自然とこくりと頷いていた。

 二人は街外れの小川の畔に小さな塚を建てた。圓は塚の前に二寸ほどの小ぶりな皿を置くと雛が生前好きだった黍の粒をさらさらと振りかけた。

「喜んでくれるかなあ」

 眉輪は心配そうに呟いた。

「ええ。きっと喜んでくれます」

「黄泉の国でも元気でやってくれるかなあ」

「心配であればまた来れば良いのです」

「うん」

 眉輪は微笑した。

「さあ。彼に敬意を込めてひとつ黙とうを捧げましょう」

 二人は目を閉じた。

 眉輪にとってはまだ短い生涯味わった中で最も神聖な時間に思われた。そして、心の中で雛は大きく羽ばたき飛翔していた。

(飛べるようになったんだ……)

 眉輪はじんと熱くなるものを感じた。眉輪の瞳の下は僅かに涙で煌めいていた。

「行きましょうか」

「うん」

 二人は寄り添いながら田園の小径を歩いて行った。道すがら、眉輪はふと立ち止まった。

「どうなされたのです」

 眉輪は神妙な面持ちで、ただ生駒山麓に消えゆく夕陽をじっと見つめていた。生駒の山垣に隠れようとする太陽は二人を燃色に染め抜いていた。

 眉輪は瑞々しく紅潮した唇を広げ、呟いた。

「じいよ。我を守ってたもれ」

 圓は鬱蒼とした白鬚を微風にたなびかせていた。

「あなた様に降りかかる火の粉はこのじいが盾となり一塵として通しませぬ。きっと信じ貫いてくださいませ」

「じい……」

 眉輪は今にも泣き出しそうな顔で圓の裾を握りしめた。圓は節くれた大きな手のひらで眉輪の肩を抱き寄せた。冠状の太陽は光明尽きる寸前にしてこの日最も神秘的な輝きを放っていた。

きょうのまとめ

いかがだったでしょうか。

唇歯の交わり。

漁夫の利。

連衡合従。

敵の敵は友。

複数における主導権争いにはいろんなことわざがありますが、あまりに目先の争いに血眼になっていると、共倒れ。全倒れ。という鮮やかすぎる見本です。

そういえば経済学にも「ゲーム理論」というのがあります。

人間というのは過当競争に放り込まれると本当の利益というものを度外視して”突き進みがち”なのかもしれません。

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